みなさんこんにちは!
スイスに暮らし、画家の巨匠バルテュスの夫人として世界的にも知られるマダム節子(出田節子)さん。
日本文化をヨーロッパでつなぐ存在として、多くの方が注目してきた方ですよね。
そんなマダム節子さんのご家族について調べていたとき、娘さんがジュエリーデザイナーとして世界で活躍しているという情報が出てきたんです。
そこで、
「芸術一家のお嬢さんがどんな道を歩んでいるんだろう?」
と気になって、さらに深掘りしてみることにしました。
そこで今回は、マダム節子さんの子供である娘の晴美さんについて、プロフィールやキャリア、近年の活動まで分かりやすくまとめてご紹介します。
読み終える頃には、芸術一家の感性を受け継いだ晴美さんの魅力が、きっとよく伝わるはずです!
▼この記事でわかること
- マダム節子(出田節子)さんの子供・ご家族構成について
- 娘・晴美さんのご職業や仕事について

バルテュス夫人のマダム節子さんのお嬢さんが、世界の一流ブランドでジュエリーデザイナーとして活躍しているなんて、調べながら本当にわくわくしました!
ぜひ最後まで読んでみてくださいね。
娘・晴美さんの人物像だけでなく、画家のバルテュスについては、こちらの記事で詳しく解説しています。

マダム節子(出田節子)の子供は娘の晴美さん!
マダム節子(出田節子)さんの子供として現在ご活躍されているのは、娘の”晴美”さんです。
ここからは、晴美さんのプロフィールと、節子さんとの親子エピソードをもう少し詳しく見ていきましょう。
娘・晴美さん(ハルミ・クロソフスカ=ド=ローラ)のプロフィール
この投稿をInstagramで見る
晴美さんの正式名は「ハルミ・クロソフスカ=ド=ローラ(Harumi Klossowska de Rola)」といいます。
日本語の名前と、フランス語圏らしい響きの名前、どちらも持ち合わせているところが、マダム節子さんとバルテュスという国際的な芸術家夫婦のお嬢さんらしいなと感じます。
| 名前 | ハルミ・クロソフスカ=ド=ローラ (Harumi Klossowska de Rola) |
| 生年 | 1973年 |
| 出身 | ジュネーブ(スイス) |
| 職業 | ジュエリーデザイナー 彫刻家 |
| 幼少期の居住地 | ローマ・ヴィラ・メディチ(イタリア) |
| 現在の居住地 | スイス・ロシニエール (グラン・シャレ) |
| パートナー | Benoît Peverelli (フォトグラファー) |
| 子供 | 2人 |
ハルミさんは1973年、スイスのジュネーブで誕生しました。
幼少期は、父バルテュスがアカデミー・ド・フランスの館長を務めていた関係で、ローマのヴィラ・メディチ(フランスアカデミーの公邸)で5歳から10歳頃まで過ごしています。
その後11歳からはスイスの名門寄宿学校「ル・ロゼ」に通い、スイスを拠点に成長されました。
なお、マダム節子さんとバルテュスの間には、晴美さんが誕生する前の1968年に長男のふみおさんも誕生されましたが、幼い頃に家族の元を旅立たれているそうです。
現在の晴美さんは、お母さまのマダム節子さんとともに、スイス・ロシニエールにある歴史的な山荘「グラン・シャレ」で暮らされているそうです。
パートナーのフォトグラファー、Benoît Peverelliさんとのお子さんも2人いらっしゃいます。
親子三世代がグラン・シャレに暮らしているというのが、なんとも温かくて素敵だなと思います。
そんなスイスでの暮らしやマダム節子さんについては、こちらの記事でまとめています。

節子さんと晴美さんの親子エピソード
マダム節子さんと晴美さんの間には、後のキャリアにも深く関わったといわれる、印象的な親子エピソードがいくつかあります。
まずひとつめが、書道の話です。
マダム節子さんは晴美さんが5歳から12歳になるまで、毎週日曜日に書道を教えていたそうです。
晴美さんご本人は当時「正直、嫌でしたね」と振り返っていたそうなのですが(笑)、後になってから書道がデッサン力を磨く上でとても役立ったと気づいたそうです。
節子さんの先見の明というか、審美眼の深さを感じるエピソードだなと思います。
そしてもうひとつ、個人的にとても印象的だったのが、マダム節子さんが大切に持っていた東洋風のボタンやリボンのコレクションにまつわる話です。
晴美さんはそのコレクションを見て育ち、後に自身のジュエリーラインを立ち上げる際のインスピレーション源になったといいます。
お母さまの美意識が、お嬢さんの感性にしっかりと受け継がれていったんですよね。
さらに、バルテュスの晩年にアトリエで過ごした時間のエピソードも残っています。
右手をマダム節子さん、左手を晴美さんが握り、無言のまま時間を共にしたというその場面が、とても美しい家族の記憶として伝えられています。
芸術一家ならではの、言葉より深く結ばれた絆を感じます。
- 晴美さんの正式名は「ハルミ・クロソフスカ=ド=ローラ」で1973年ジュネーブ生まれ
- 節子さんから受けた書道レッスンが、後のジュエリーデザインのデッサン力に繋がった

お母さまの書道レッスンがジュエリーデザインに活きてくるなんて、芸術一家ならではですよね!
節子さんの審美眼がお嬢さんの感性をしっかり育てていたんだなと、じんとしながら読みました。
マダム節子の娘”晴美”さんがジュエリーデザイナーを目指した理由は?
晴美さんがジュエリーデザイナーの道を志したのは、わずか7歳のとき、宝石との出会いがきっかけです。
ここからは、その夢をどのようにキャリアへと結びつけていったか、もう少し詳しく見ていきましょう。
7歳で宝石に魅了〜ジョン・ガリアーノへの弟子入り
Harumi Klossowska de Rola
b. 1973, GenevaLakshmi
2022Bronze gilded with 24 carat gold
39 x 15 x 23 cmvia Lena Young pic.twitter.com/VzZ8P3MfQI
— Françoise van Straelen 🇺🇦 (@van_strael) January 31, 2025
晴美さんが宝石の世界に心を奪われたのは、なんと7歳のこと。
宝石のコレクションを目の前にした瞬間、「これを作りたい」という気持ちがはっきりと芽生えたそうです。
それ以前からも、ヴィラ・メディチの庭でモザイクのかけらや色とりどりの小石を集めることに夢中になっていた晴美さん。
美しいものへの感性は、幼い頃から少しずつ育まれていたんですよね。
名門校・ル・ロゼでの学校生活を経て、のちにパリへ拠点を移した晴美さんは、ファッション界の巨匠・ジョン・ガリアーノのもとでインターンとしてキャリアをスタートします。
その実力が認められ、プレス部門への昇格も果たしました。
約2年半のパリ生活の後、父バルテュスの体調を案じてスイスへ帰国されます。
ファッションの現場で磨いた感性と、幼い頃から身体に染み込んだ美への眼差し。
それらが重なり合って、晴美さん独自のジュエリーの世界観が形成されていったんだと思います。
独立、そしてブシュロンとの歴史的コラボへ
スイスに戻った晴美さんは、家族の知人のサポートを得て、自身のジュエリーラインを本格的に立ち上げます。
最初のコレクションは、マダム節子さんが大切にしていた東洋風のボタンやリボンからインスピレーションを受けたものだったといいます。
ただ、しばらくは複数のコレクションを量産するような体制が続き、「職人さんたちと直接向き合いながら作る喜びから遠ざかっている」という感覚を覚えたそうです。
そこで思い切って方向転換し、より大胆でワイルドなスタイルへ。
自分の手と目と感性で、じっくりとものと向き合うスタンスを取り戻していきます。
その姿勢が実を結んだのが、2008年のこと。
フランスの名門ジュエリーブランドブシュロン(Boucheron)の創業150周年を記念するコレクションの依頼を受けることになります。
そんな父・バルテュスの名門的な背景を持ちながらも、Harumiさんは“自分自身の作品”で評価を築いてきた人物でもあります。
- 7歳で宝石の美しさに魅せられたことが、ジュエリーデザイナーへの出発点
- 2008年のブシュロン150周年コレクションへの参加が、キャリアの大きな転機に

7歳で夢が決まって、それを着実に形にしていくって本当にすごいことですよね!
幼い頃から石や宝石に向き合い続けてきたお嬢さんだからこそ、一流ブランドからも認められたんだと思います。
娘の存在から見える節子夫人の人生背景について、より深く知りたい方はこちらをご覧ください。

【ハルミさんの活動や作品】ジュエリーデザイナーの晴美さんが手がけたブランドや近年の活動は?
晴美さんはこれまでに
- Boucheron
- Chopard
- Valentino
このような、世界を代表するラグジュアリーブランドのジュエリーを手がけてきました。
ここからは、晴美さんの作品の特徴と、近年の活動についてもう少し詳しくお伝えしていきます。
手がけた主な一流ブランドと作品の特徴
晴美さんのジュエリーの最大の特徴は、動物モチーフへのこだわりと、その圧倒的な細部の精巧さです。
たとえばショパール(Chopard)との協業では、ドラゴンやヒョウなど、幻想的な動物モチーフのジュエリーを制作。
宝石を贅沢に用いながらも、どこか神話的で野性的な世界観が高く評価されました。
Harumiさんはインタビューの中で、人間と自然、動物との繋がりへの関心をたびたび語っており、その思想は作品にも色濃く反映されています。
ジュエリーでありながら、まるで“身につける彫刻”のような存在感があるところも、晴美さんの作品の大きな魅力ですよね。
Harumiさんは、人間と自然、動物との繋がりへの関心をたびたび語っており、その思想は作品にも色濃く表れています。
そんな晴美さんの言葉が、作品のコンセプトをよく表していると思います。
また、晴美さんの作品の多くは「身につけることもできるし、棚に飾ることもできる」という2つの発想で設計されているのも面白いところです。
ジュエリーと彫刻の境界線をあえて曖昧にした、唯一無二のスタイルですよね。
ハイジュエリー(オートジュエリー)の世界でここまで独自の世界観を確立できるのは、芸術一家の感性が育んだものだからこそだと感じます。
近年は彫刻家としても国際的に活躍中
近年の晴美さんは、ジュエリーデザイナーにとどまらず、ブロンズ彫刻の分野でも存在感を発揮しています。
テーマはやはり自然界の生き物たちで、野生動物や植物を圧倒的なリアリティと神秘性で表現するのが特徴です。
インスピレーション源は多岐にわたっていて、エジプト・ギリシャ・ローマ神話、アフリカ芸術、そしてマダム節子さんから受け継いだ日本の「侘び寂び(わびさび)」の哲学なども取り入れているそうです。
これまでの主な個展をざっと振り返ると、2017年にはパリのVan Cleef & Arpelsの「L’Ecole des Arts Joailliers」で個展を開催。
2023年にはパリのGalerie Yves Gastouで「Yakushima, the Mystic Island」と題した個展と、ニューヨークのRobilant+Voena Galleryでの米国初個展「Hayawan」をそれぞれ開催しています。
さらに2025年2〜3月には、フロリダ・パームビーチのAcquavella Galleriesでも個展を行い、精力的に活動を続けています。
彼女の作品は、イギリスやフランス、アメリカなど世界各国のプライベートコレクションに迎えられており、国際的な評価の高さもうかがえます。
マダム節子さんとバルテュスという芸術の巨人を両親に持ち、その感性を独自の形で開花させた晴美さん。
引き続き注目していきたいと思います。
- 動物モチーフの精巧なジュエリーが、世界一流ブランドから支持されている
- 近年はブロンズ彫刻家としても国際的な個展を精力的に開催中

「身につけられる彫刻」というコンセプト、ロマンがあって素敵だなと思います!
芸術一家のDNAを受け継ぎながら、自分だけの世界観を築いているお嬢さんの活躍が、これからも本当に楽しみです。
【まとめ】バルテュスとマダム節子(いでたせつこ)さんの子供は娘の晴美さんで職業はジュエリーデザイナーだった
今回は、マダム節子(出田節子)さんの子供である娘の晴美さん(ハルミ・クロソフスカ=ド=ローラ)について、プロフィールからキャリア、近年の活動まで詳しくご紹介しました。
芸術に囲まれた環境で育ち、世界のトップブランドを舞台にジュエリーデザイナーとして活躍するお嬢さんの姿に、調べながらとても感動しました。
- マダム節子(出田節子)さんの子供は娘の晴美さん(ハルミ・クロソフスカ=ド=ローラ)で、現在もグラン・シャレで母と一緒に暮らしている
- 晴美さんは7歳で宝石に魅せられジュエリーデザイナーを志し、ジョン・ガリアーノでの経験を経て独立。
- 2008年のブシュロンとのコラボが大きな転機に

親子で芸術の道を歩む姿が、本当に素晴らしいですよね!
マダム節子さんのお嬢さんとして、そして独立したアーティストとして、晴美さんのこれからの活躍がとても楽しみです。
ハルミさんが暮らす、グランシャレやお母様のセツコさんについてはこちらの記事でまとまています。

参考資料


コメント