みなさんこんにちは!
中道改革連合の新党首選挙が話題となる中、階猛(しなたけし)さんと小沢一郎さんの関係に注目が集まっていますね。
そこで今回は、階猛さんと小沢一郎さんの関係について、師弟関係から不仲に至るまでの経緯を詳しく調査してみました。
▼この記事でわかること
- 階猛さんのプロフィールと読み方
- 小沢一郎さんとの師弟関係
- 不仲になったきっかけと訴訟問題
- 現在の二人の関係

東日本大震災や政治資金をめぐる訴訟など、気になる出来事を深掘りしていきます!
階猛(しなたけし)と小沢一郎の関係は不仲で最悪?話題の背景
結論からお伝えすると、階猛さんと小沢一郎さんの関係は、かつての師弟関係から大きく変化し、現在は複雑な状況にあります。
中道改革連合の新党首選挙で階猛さんが候補として注目される中、小沢一郎さんとの過去の確執が改めて話題となっています。
調べてみて驚いたのですが、お二人の関係は単なる政治的対立というレベルを超えていたんですよね。
2026年2月の衆議院選挙では、階猛さんは岩手1区で当選を果たしましたが、小沢一郎さんは岩手3区で小選挙区・比例代表ともに落選という結果になりました。
同じ岩手県内で別々の選挙区から出馬し、対照的な結果となったことで、お二人の関係性がさらに注目を集めることとなったわけです。

- かつては小沢一郎氏の側近だった階猛氏
- 東日本大震災を機に関係が悪化
- 政治資金をめぐる訴訟で対立が表面化

いったい何があったのか、詳しく見ていきましょう。
もともとは師弟関係!階猛は小沢一郎の後継者候補だった
まず、階猛さんのプロフィールから見ていきましょう。
階猛さんの読み方は「かいたけし」ではなく「しなたけし」なんです。
これ、意外と読み間違えやすいですよね。
| 名前 | 階 猛 (しな たけし) |
| 生年月日 | 1966年10月7日 |
| 年齢 | 59歳 (2026年時点) |
| 出身地 | 岩手県盛岡市 |
| 学歴 | 東京大学法学部卒業 |
| 職歴 | 日本長期信用銀行 (現・SBI新生銀行) 弁護士 |
| 初当選 | 2007年7月 (岩手1区補欠選挙) |
| 当選回数 | 8期 |

小沢一郎に政治の道へ導かれた階猛
階猛さんは、もともと小沢一郎さんの側近として知られる存在でした。
2007年に衆議院議員として初当選した階猛さんは、民主党内で小沢一郎さんのグループに所属していたんですね。
銀行員から弁護士へと転身し、その後政治の世界に入った階猛さんにとって、小沢一郎さんは政治の師匠のような存在だったわけです。
調べていて印象的だったのが、お二人の関係性の深さでした。
かつては「小沢チルドレン」として活躍
2010年には、陸山会事件で石川知裕衆議院議員が逮捕された際、階猛さんは現職の政務三役でありながら「石川知裕代議士の逮捕を考える会」に参加しています。
これは小沢一郎さんへの忠誠心の表れだったんでしょうね。
当時の参議院予算委員会で、階猛さんは会への参加について堂々と説明していたそうです。
このように、かつては小沢グループの重要メンバーとして活動していた階猛さんですが、その関係は2011年を境に大きく変わっていくことになります。
- 2007年に衆議院議員として初当選
- 民主党内で小沢グループに所属
- 小沢氏の側近として活動していた

小沢一郎さんの側近として順調にキャリアを積んでいたんですね。
関係が悪化したきっかけ①東日本大震災での対応の違い
お二人の関係が決定的に変わったのは、2011年3月11日の東日本大震災でした。
この出来事が、階猛さんと小沢一郎さんの関係に大きな亀裂を生むことになったんです。
震災時の小沢一郎の対応への疑問
2011年の東日本大震災発生後、岩手県選出の議員である小沢一郎さんの対応が注目されました。
調べてみると、小沢一郎さんが被災地を訪れたのは震災後かなり時間が経ってからで、最初に岩手県庁を訪問したのは3月28日になってからだったとのことです。
その後、被災地である沿岸部を初めて訪れたのは2012年1月、つまり震災から約10カ月後だったそうなんですよね。
故郷が未曽有の大災害に見舞われているにもかかわらず、なかなか現地入りしなかったことについて、地元では様々な声があったようです。
「心の距離ができた」と階猛が証言
階猛さん自身が後に、「東日本大震災を機に心の距離ができた」と証言しています。
朝日新聞のポッドキャストでは、小沢一郎さんによって政治の道に導かれたものの、東日本大震災で心の距離ができたと語っているんです。
地元・岩手県を地盤とする政治家として、被災地への対応に違いが生まれたことが、お二人の関係に影響を与えたんでしょうね。
2012年に小沢一郎さんが「国民の生活が第一」を結党した際、階猛さんはこの新党には参加しませんでした。
これは、関係悪化の明確な表れだったと言えます。

- 2011年東日本大震災が転機に
- 小沢氏の被災地対応に疑問を持つ
- 階氏は小沢氏の新党に参加せず

故郷を思う気持ちの違いが、お二人の道を分けることになったのかもしれません。
関係が悪化したきっかけ②2019年自由党との合併問題
階猛さんと小沢一郎さんの関係は、2019年の出来事でさらに決定的なものとなります。
小沢一郎率いる自由党との合流に階猛が猛反発
2019年5月、国民民主党が小沢一郎さん率いる自由党と合流することになった際、階猛さんはこれに強く反発しました。
国民民主党岩手県連の会合で、階猛さんは黄川田徹県連代表らと共に離党する意向を表明したんです。
調べてみると、階猛さんが反発した理由は明確でした。
国民民主党が小沢一郎さん率いる自由党と合流したことに加え、参議院選挙の岩手県選挙区において、自由党が主導していた候補者擁立への反発だったそうです。
「大義が見えない」と公の場で批判
階猛さんは自由党との合併について、実質的に公の場で批判的な立場を示しました。
盛岡市内で記者団に対し、新たな道を選ばなければならないと語っていたんですよね。
小沢一郎さんの政治手法に対する疑問が、この時点で明確になったということでしょう。
国民民主党を離党する決断
2019年5月13日、階猛さんは国民民主党に離党届を提出し、同月29日の党総務会で離党届が受理され、無所属となりました。
かつての師である小沢一郎さんとの決別を、ここで明確にしたわけですね。
その後、階猛さんは立憲民主党に合流することになりますが、この時点で小沢一郎さんとの対立は決定的なものとなっていました。

- 2019年の自由党との合併に反発
- 階氏が国民民主党を離党
- 小沢氏との決別を明確に

階猛さんが離党を決断した背景には、小沢一郎さんへの深い失望があったのかもしれません。
関係が悪化したきっかけ③政治資金をめぐる訴訟問題
階猛さんと小沢一郎さんの対立は、法廷にまで発展することになります。
立憲岩手県連から3300万円の損害賠償請求
2020年10月9日、小沢一郎さんが代表を務める立憲民主党岩手県連が、階猛さんに3300万円の損害賠償を求めて盛岡地裁に訴えを起こしました。
訴えの内容は、階猛さんが旧国民民主党から離党する直前の2019年に、旧国民民主党岩手県連の資金を自身が代表の政治塾に移し、損害を与えたというものでした。
これ、調べていて本当に驚いたんですよね。
かつての師弟関係が、ここまでこじれてしまったのかと。
小沢一郎が代表を務める県連との法廷での決着
この訴訟の提起は、立憲民主党岩手県連の結成大会の直前に行われました。
階猛さんは党本部から岩手1区総支部長に選任されていたにもかかわらず、結成大会の会場入り口で県連側から門前払いを受けるという事態にまで発展したんです。
小沢一郎さんは記者会見で、階猛さんについて「まだ県連に迎え入れる段階ではない」と説明していました。
これは、お二人の関係が最悪の状態にあったことを示していますよね。
判決は階猛側の勝訴も遺恨は残る
2022年10月20日、盛岡地裁は「旧県連側が資金移動を了解していた」として、県連側の請求を棄却しました。
これは階猛さん側の完全勝訴でした。
立憲民主党岩手県連は、判決を受け入れて控訴しないことを決定したんです。
しかし、訴訟が終結したからといって、お二人の関係が元に戻ったわけではありません。
階猛さんは会見で、関係修復には県連側からの謝罪が大前提だと指摘し、時間をかけて修復を図るとしながらも、簡単には関係が改善しない様子が伺えました。
- 2020年に県連が階氏を提訴
- 3300万円の損害賠償を請求
- 2022年に階氏側の勝訴判決

判決が出たとはいえ、心の溝は簡単には埋まらないでしょうね。
現在の二人の関係は?
それでは、現在の階猛さんと小沢一郎さんの関係はどうなっているのでしょうか。
同じ岩手県内で別々の選挙区
お二人は現在、同じ岩手県内でありながら、別々の選挙区から出馬しています。
階猛さんは岩手1区(盛岡市など)、小沢一郎さんは岩手3区(奥州市など)を地盤としていました。
同じ県内で活動していながら、政治的には完全に別々の道を歩んでいる状況なんですよね。
2026年衆院選での明暗(階猛当選、小沢落選)
2026年2月8日に投開票された第51回衆議院議員総選挙では、階猛さんと小沢一郎さんに明暗が分かれました。
階猛さんは岩手1区で8期目の当選を果たしましたが、小沢一郎さんは岩手3区で小選挙区・比例代表ともに落選し、議席を失いました。
小沢一郎さんの当選回数は19回と前職議員で最多でしたが、56年余り守ってきた議席をついに失うことになったんです。
一方、階猛さんは中道改革連合の小選挙区当選者がわずか7人という厳しい状況の中で当選を果たし、その後の中道改革連合代表選に出馬することとなりました。
政治家としてのキャリアという意味でも、お二人の立場は大きく変わってしまったと言えるでしょう。
- 岩手県内で別々の選挙区
- 2026年選挙で階氏は当選、小沢氏は落選
- 階氏は中道代表選に出馬

時代の流れを感じずにはいられませんね。
世間の反応やSNSの声
階猛さんと小沢一郎さんの関係について、世間ではどのような声があるのでしょうか。
調べてみると、お二人の確執については様々な意見があることが分かりました。
中道改革連合の代表選に関しては、階猛さんの過去の言動について質問が出たこともありました。
記者会見では、10年以上前のNHK会長とのやり取りが動画で拡散され、パワハラ気質ではないかと指摘されたことについて質問を受けています。
階猛さんは弁護士としての姿勢を説明し、人格否定ではなく事実に対して厳しく指摘するスタイルだと反論していました。
一方で、岩手県内では、立憲民主党県連と階猛さんが別々に街頭演説を行うなど、党内の溝の深さが目に見える形で現れていたようです。
2022年の参議院選挙前には、同じJR盛岡駅前で県連と階猛さんが時間をずらして別々に演説会を開くという、異例の対応が報じられていました。
支持者の間でも、お二人の対立については複雑な思いがあるようですね。


- 世間の注目度は高い
- 党内の溝の深さが表面化
- 支持者も複雑な心境

政治の世界の厳しさを感じます。
【まとめ】階猛(しなたけし)と小沢一郎の関係は不仲で最悪?何があったのかおさらい
今回は、階猛さんと小沢一郎さんの関係について詳しく調査してきました。
かつては師弟関係にあったお二人ですが、東日本大震災、自由党との合併問題、そして政治資金をめぐる訴訟と、様々な出来事を経て関係が悪化していったことが分かりました。
- 階猛さんの読み方は「しなたけし」で、もともと小沢一郎さんの側近だった
- 2011年の東日本大震災を機に関係が悪化し、心の距離ができた
- 2019年の自由党との合併問題で階氏が国民民主党を離党し、決別が明確になった
- 2020年に小沢氏が代表を務める立憲岩手県連が階氏を提訴したが、2022年に階氏側が勝訴
- 2026年衆院選で階氏は当選、小沢氏は落選し、お二人の政治的立場に大きな差が生まれた

政治の世界の複雑さと厳しさを感じる物語でしたね。
階猛さんが中道改革連合の代表選でどのような役割を果たすのか、今後も注目していきたいです!


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