みなさんこんにちは。
2026年3月14日放送の新プロジェクトXでは、東日本大震災の発生直後から、地元に向けて情報を発信し続けたFMいわきが特集されます。
大きな混乱の中でも、「今、必要な情報を届けたい」という思いで放送を続けたラジオ局として、当時を知る人の間でも語り継がれている存在です。
今回新プロジェクトXに登場したスタッフの1人が放送局長を務める安部正明(あべまさあき)さん。
地域のために何ができるのか。
そして、3.11という非常事態の中でどのような役割を果たしてきたのでしょうか。
この記事では、安部正明さんのプロフィールやこれまでの活動について見ていきたいと思います。
▼この記事でわかること
- 安部正明さんの年齢・プロフィールなど基本情報まとめ
- FMいわきが3.11のときに果たし続けた役割とは
- 放送局長として阿部正明さんが大切にしてきたこと

今夜の放送前にどんな方なのか気になって調べてみました!安倍さんのエピソードが予想以上に熱くて、これは必見だと感じました。
FMいわきの安部正明さんが新プロジェクトXに登場!年齢やプロフィールは?
安部正明さんの年齢や個人的なプロフィールは、現時点では公式に公表されていませんでした。
番組放送前の段階ということもあり、詳しい情報は今のところ見つからない状況です。
ただ、FMいわきの放送局長としての経歴や、3.11当時の活動に関するお話はいくつか確認できましたので、わかる範囲でまとめていきたいと思います。
FMいわきは全国で聴くことが可能です。

安部正明さんのプロフィール
年齢・出身・家族に関する情報は、現時点では公式に公表されていませんでした。
FMいわきの公式サイトや各種インタビュー記事でも、安部正明さん個人の詳細はほとんど出てきませんでした。
地元密着型のコミュニティFMで放送局長として長年にわたって地域を支えてきた方なので、「自分を前に出すより、まず地域のために」というスタンスが自然と身についているのかもしれないな、と感じました。
そういう方の言葉は、なんだか不思議と真っ直ぐ届いてくるものですよね。
FMいわきはどんな放送局?
FMいわきは、福島県いわき市を拠点とするコミュニティFM放送局です。
正式名称は「いわき市民コミュニティ放送」、愛称は「SEA WAVE FMいわき」、周波数76.2MHzで放送を行っています。
開局したのは1996年のこと。
調べてみて最初に驚いたのが、この放送局が生まれたきっかけでした。
てっきり音楽や地元情報を届けるラジオ局だと思っていたら、実は阪神大震災をきっかけに「地域の防災インフラが必要だ」という声から生まれた放送局だったんですよね。
それを知った瞬間、「あ、だからあのとき動けたんだ」と一気に納得しました。
いわき市の中心部・平地区に位置し、市と緊密に連携しながら運営されているのもFMいわきの大きな特徴です。
現在はインターネット配信も行っているため、福島県の外にいても放送を聴けるようになっています。
2026年はちょうど開局30周年という節目の年でもあり、今回の新プロジェクトXへの登場は、そのタイミングとも重なっていますね。

- 安部正明さんはFMいわきの放送局長・年齢や家族情報は公式未公表
- FMいわきは1996年開局・阪神大震災をきっかけに生まれた福島県いわき市の防災インフラ
- 2026年は開局30周年の節目の年でもある

FMいわきという放送局自体に引き込まれました。
次はいよいよ、3.11当時のエピソードを見ていきましょう!
安部正明さんがFMいわきで放送局長として果たし続ける役割とは?
安部正明さんは、東日本大震災のさなかに地域への情報発信を続けた放送局長として、FMいわきの中心的な存在です。
番組内でも、当時の取り組みや、そこで得た「放送への向き合い方」が語られる見込みです。
ここからは、公開されているインタビューをもとに、安部正明さんの人物像を見ていきましょう。
3.11のとき、安部正明さんたちはどう動いたのか
東日本大震災が起きた2011年3月11日、FMいわきは福島県いわき市で唯一残った放送局として、約2ヶ月間にわたって24時間体制での放送を続けました。
原発事故の影響によって、福島県内に取材拠点を置いていた多くのメディアが地域の外へ出ていくなか、FMいわきのスタッフたちはいわき市にとどまる道を選びました。
その状況を想像すると、どれほどの覚悟だったかが伝わってきて、胸に来るものがあります。
スタッフは8時間ずつシフトを組み、局の床に布団を敷いて仮眠を取りながら放送を継続。
ガソリンが手に入らない状況の中、市の対策本部への往復は自転車で行ったといいます。
そんな中、安部正明さんが今でも鮮明に覚えているエピソードがあるそうです。
発生当日、地元紙「いわき民報」の記者さんが海沿いで取材中に津波に遭い、車を流されながらも徒歩で現場を歩き続け、FMいわきに情報を送り続けてくれたというんです。
「いま、肩まで水に浸かった人が救助された」
そんな切迫した内容のメールが次々と届いた、と。
普段から積み重ねてきた信頼関係があったからこそ、あの局面でも情報がつながったんですよね。
調べてみて改めて感じたのは、「日頃のつながり」がいかに大切かということでした。
放射線についても、いわき市在住の専門家に直接取材し、市民が具体的に何に気をつければよいかをわかりやすく放送したそうです。
「遠くにいる専門家」ではなく「同じ場所にいる専門家」の言葉が、当時のリスナーにどれほど響いたか、なんとなく想像できる気がします。
現在もFMいわきでは、空間放射線量の情報を毎日3回放送しており、福島県内のモニタリングポストのデータを丁寧に伝え続けています。
楢葉町への中継局設置など、いわき市外との縁も大切にしながら放送エリアを広げてきたFMいわきの歩みが、今回の新プロジェクトXでどう描かれるのか、とても楽しみにしています。
安部正明さんをはじめ、FMいわきのスタッフのみなさんが3.11のときに守ろうとしたものが、この番組を通じて多くの人に届いてほしいと感じます。
- 3.11当時、FMいわきは福島県いわき市で唯一残った放送局として2ヶ月間の24時間放送を継続
- 現在も放射線量を毎日3回放送するなど、地域密着の姿勢は今も続いている

今夜の新プロジェクトXで、当時の様子を知ることで私たちの未来への教訓を考えるきっかけになりそうです。
【感想】新プロジェクトXを振り返って
新プロジェクトXを見ていて感じたのは、災害時の情報発信の難しさです。
ラジオでは水が復旧した場所の情報を伝えていたそうですが、それに対して「俺たちが知りたいのはそこじゃない。自分の家にいつ水が戻るか知りたいんだ」という声も届いていたそうです。
確かに言われてみればその通りで、復旧している場所の情報よりも、まだ水が出ていない人にとっては「いつ復旧するのか」の方がずっと重要ですよね。
ただ、当時は情報が錯綜していて、何が正しいのかを判断するのも簡単ではなかったと思います。
限られた情報の中で、何を伝えるべきかを考えながら放送するのは、本当に大変だっただろうなと感じました。
正しい情報を届けようとしても、必ずしもすべての人の求めている情報になるとは限らない。
そんな災害時の難しさや、情報の重みを改めて考えさせられる内容でした。
【まとめ】FMいわき放送局長・安部正明さんが新プロジェクトXに登場!人物像をおさらい
今回は、2026年3月14日放送の新プロジェクトX「命をつないだラジオ〜FMいわきの3.11〜」に登場する放送局長・安部正明さんについてまとめてきました。
番組放送前の段階なので個人的な情報はほとんど出てきませんでしたが、3.11当時のエピソードを通じて、どんな信念を持って地域に向き合ってきた方なのかは十分に伝わってきた気がします。
- 安部正明さんはFMいわきの放送局長・年齢や結婚・家族情報は公式に公表されていない
- 出身高校や大学などの学歴情報も不明
- FMいわきは福島県いわき市の防災インフラとして1996年に開局したコミュニティFM
- 3.11のとき唯一残った放送局として、リスナー目線での情報発信を貫いた姿が新プロジェクトXで描かれる
新プロジェクトXに登場したFMいわきの出演者やスタッフについてはこちらの記事でまとめています。


最後までご覧いただき、ありがとうございました。
参考資料


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