みなさんこんにちは!
清水建設の代表取締役副社長だった東佳樹(ひがしよしき)さんが、2026年5月7日付で突然の辞任を発表しました。
辞任の理由は「一身上の都合」という一言のみ。
しかも副社長に就いてから、わずか約1ヶ月というタイミングでの退任です。
「いったい何があったの?」
「なぜこんなに急に?」
と気になった方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、清水建設元代表取締役副社長・東佳樹(ひがしよしき)さんの退任理由について、プロフィールや経歴も含めながら詳しく調べてみました。
▼この記事でわかること
- 東佳樹氏のプロフィール・経歴〜1983年入社・管理部門を歩んできた人物
- 退任の公式発表は「一身上の都合」〜副社長着任からわずか1ヶ月の辞任
清水建設元代表取締役副社長・東佳樹(ひがしよしき)氏のプロフィールと経歴は?
清水建設元代表取締役副社長の東佳樹氏は、1983年の入社以来、一貫して管理部門を歩んできた人物です。
ここからは、プロフィールや具体的な経歴について、もう少し詳しく見ていきましょう。
東佳樹氏のプロフィール〜1983年清水建設入社、管理部門一筋のキャリア
東佳樹(ひがしよしき)さんは、1983年に清水建設へ入社し、その後40年以上を管理部門で積み上げてきた方です。
調東佳樹さんは経理・財務・経営企画・人事といったコーポレート系に特化したキャリアを持つ点でした。
プロフィールをまとめると、以下の通りです。
| 氏名 | 東佳樹 (ひがしよしき) |
| 入社 | 清水建設株式会社 (1983年) |
| 専門分野 | 経理・財務・経営企画・人事・サステナビリティ(管理部門) |
| 最終役職 | 清水建設代表取締役副社長 副社長執行役員 |
| 退任 | 2026年5月7日 (一身上の都合) |
| 出身高校 | 公式未公表 |
| 出身大学 | 公式未公表 |
なお、東佳樹さんの出身高校・大学(学歴)については、清水建設の公式資料には記載がなく、現時点では確認できませんでした。
同社の役員リストには略歴が掲載されることがありますが、東佳樹さんの場合は学歴部分が省略されており、キャリア(職歴)のみの記載となっています。
株主総会資料においても「経理・財務及び経営企画等の業務の執行を通じて、当社グループの事業活動に関し、豊富な経験と高度な見識を有しております」と紹介されており、あくまでも実務キャリアに焦点が当てられている方です。
- 東佳樹氏は1983年に清水建設へ入社、管理部門(経理・財務・経営企画・人事)一筋のキャリアを持つ
- 学歴(出身高校・大学)は公式には公表されておらず、職歴が主な公開情報となっている

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東佳樹氏の経歴〜コーポレート企画室長から代表取締役副社長へ
東佳樹さんは、2020年に常務執行役員・コーポレート企画室長へ就任して以降、順調に役職を重ね、2026年4月には代表取締役副社長の座へと到達しました。
もともとは経営企画畑の出身で、「人財イノベーション」という清水建設の新しい取り組みにも携わってきた方です。
調べていくと、2020年4月の人事情報には「人事制度改革担当・コーポレート企画室長」として名前が登場します。
管理部門全体の改革を任されていたのが分かりますよね。
その後の主な経歴を整理すると、以下のような流れです。
- 2020年4月:常務執行役員・コーポレート企画室長(人事制度改革担当)
- 2023年4月:代表取締役専務執行役員・管理部門担当・コーポレート企画室長・サステナビリティ担当・人事担当
- 2026年4月1日:代表取締役副社長・副社長執行役員(管理部門担当・サステナビリティ担当・人事担当)
ここで興味深いのが、清水建設は2026年3月6日の取締役会で、世代交代を目的とした役員体制の刷新を発表している点です。
その際、東佳樹さんは4月1日付で代表取締役副社長に昇格する予定者として名前が挙がっていました。
つまり、まさに組織の「新体制」を担うリーダーの一人として期待されていたわけですよね。
コーポレート企画室長として会社の方向性を設計し、サステナビリティ・人事といった経営基盤の部分を幅広く管轄してきた方だけに、副社長就任は自然な流れに見えました。
それだけに、1ヶ月後の退任はより一層「何があったのか」という疑問を呼ぶ結果になっています。
- 2020年に常務執行役員・コーポレート企画室長に就任し、管理部門のトップとして経営を支えてきた
- 2026年4月1日付で代表取締役副社長に昇格。世代交代の新体制を担う存在として期待されていた

清水建設元代表取締役副社長・東佳樹氏の退任理由とは何があった?なぜ急に?
まず結論ですが、清水建設元代表取締役副社長・東佳樹氏の退任理由については、公式には「一身上の都合」と発表されており、それ以上の詳細は明かされていませんでした。
ただ、いくつか気になる点が見えてきたので、以下で整理していきます。
退任の公式発表は「一身上の都合」〜副社長着任からわずか1ヶ月での辞任
東佳樹さんの退任が発表されたのは、2026年5月7日のことです。
清水建設が東京証券取引所に提出した適時開示のタイトルは「代表取締役の異動(辞任)に関するお知らせ」で、理由として記されていたのは「一身上の都合」という言葉のみでした。
ここで改めて時系列を整理してみると、その短さが際立ちます。
- 2026年3月6日:取締役会で代表取締役副社長への昇格を決議(4月1日付)
- 2026年4月1日:代表取締役副社長・副社長執行役員に正式就任
- 2026年5月7日:「一身上の都合」により代表取締役を辞任
就任から辞任まで、わずか約1ヶ月。
上場企業の代表取締役副社長が、これほど短い期間で「一身上の都合」で辞任するというのは、かなり異例なことです。
ちなみに、同社の役員一覧ページも2026年5月7日現在の情報に更新されており、東佳樹さんの名前はすでに掲載されていません。
なお、辞任発表が15時という株式市場の引け後だったため、株価への影響については翌日以降の反応を見ていく必要があります。
清水建設(証券コード:1803)は東証プライムに上場しており、役員人事はIR情報として開示されます。
管理部門を一手に担っていた副社長の突然の退任ですから、投資家や市場関係者の注目も集まることになりそうです。
- 退任理由は「一身上の都合」のみで、詳細は公式には明かされていない
- 2026年4月1日就任→5月7日辞任という、わずか約1ヶ月での退任は上場企業の役員として非常に異例

「一身上の都合」の背景に何があったのか?考察
東佳樹さんの退任の背景については、公式には公表されていませんでした。
ただ、調べる中でいくつか気になる点が出てきたので、事実を整理しながら一緒に考えてみてください。
そもそも「一身上の都合」という言葉は、日本の企業文化において、個人的な事情を伴う退職・辞任に使われる表現です。
会社都合ではなく本人の意思によるもの、というニュアンスがあります。
上場企業の役員がこの表現を使う場合、一般的に想定されるのは次のような理由です。
- 健康上の理由(本人または家族)
- 一身上の家庭事情
- 経営判断・方針面での相違
もちろん、どれが当てはまるかは公式には何も示されていません。
ただ、調べていて特に気になったのが、退任のタイミングです。
清水建設は2024年3月期に上場以来初めてとなる営業赤字(246億円の赤字)を記録しました。
主力の建築部門が採算割れを起こしたことが主な原因で、経営の建て直しが急務となっていた時期です。
その流れの中で、2025年4月に新村達也さんが社長に就任。
そして2026年4月の人事刷新では「世代交代」を掲げ、東佳樹さんが管理部門を担う代表取締役副社長として新体制に加わりました。
まさに再建の正念場に、管理部門のトップが着任1ヶ月で離脱するという構図です。
これは「体制が整ったばかりのタイミングで、なぜ?」という疑問が湧いても不思議ではない話ですよね。
一方で、「一身上の都合」という言葉が使われている以上、個人的な事情によるものである可能性も十分考えられます。
長年にわたって管理部門を担い、副社長まで上り詰めた方が「突然」退任するとなると、健康や家庭の事情を推測する声も出やすいのだと思います。
いずれにしても、現時点では公式な情報以上のことは分かりません。
なお、東佳樹さんは2026年6月下旬に予定されていた定時株主総会においても取締役候補として予定されていた方でした。
それが白紙になったわけですから、清水建設の今後の管理部門体制がどうなるかも、引き続き気になるところです。
みなさんも、続報が出たら一緒に追いかけてみてください。
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- 「一身上の都合」は個人的な事情を示す表現。健康・家庭・方針相違など複数の可能性が考えられる
- 清水建設が業績回復途中の新体制刷新直後という背景があり、今後の管理部門体制も注目される

理由が明かされることはないかもしれませんが、引き続きウォッチしていきたいと思います。
【まとめ】清水建設元代表取締役副社長・東佳樹(ひがしよしき)氏の退任理由とは?何があったのかおさらい
今回は、清水建設元代表取締役副社長・東佳樹(ひがしよしき)さんの退任について、経歴・プロフィールとあわせてまとめました。
- 東佳樹氏は1983年に清水建設へ入社し、経理・財務・経営企画・人事など管理部門一筋のキャリアを積んできた人物
- 2026年4月1日に代表取締役副社長へ昇格したが、わずか約1ヶ月後の5月7日に「一身上の都合」で辞任を発表
- 退任の詳しい理由は公式には明かされておらず、清水建設の業績回復途中の新体制直後という背景から様々な考察が広がっている


参考資料


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