みなさんこんにちは!
2026年3月14日放送の新プロジェクトXでは、東日本大震災の際に地域へ向けて情報を発信し続けたFMいわきが特集されます。
その放送を支えていた一人が、アナウンサーの坂本美知子さんです。
坂本美知子さんはFMいわきの開局当初から活動しているメンバーの一人で、長年にわたり地域の情報を伝え続けてきたアナウンサーです。
東日本大震災の際には、スタッフが交代で泊まり込みながら放送を続ける中、市民に必要な情報を届けるためマイクの前に立ち続けました。
非常時において、「今、伝えるべき情報を声で届ける」。
そんな役割を担ってきた坂本美知子さんとは、いったいどんな人物なのでしょうか。
この記事では、FMいわきのアナウンサー・坂本美知子さんのプロフィールや経歴について見ていきたいと思います。
▼この記事でわかること
- FMいわきの坂本美知子アナウンサーについて
- 2026年3月14日放送の新プロジェクトXで、その知られざる物語が描かれる

新プロジェクトXのFMいわき特集、放送前から気になってしまって調べてみました!
坂本さんってどんな方なのか、一緒に見ていきましょう。
坂本美知子さんとはどんな人?FMいわきのアナウンサープロフィールを調べてみた
坂本美知子さんは、福島県いわき市のコミュニティFM局・FMいわきで長年活躍するアナウンサーです。
FMいわきは全国で聴くことが可能です。

坂本美知子さんのプロフィール|FMいわきのアナウンサーの年齢やプロフィールは?
坂本美知子さんのプロフィールは、現時点で公式には公表されていませんでした。
まず分かる範囲で、基本情報を整理してみます。
| 名前 | 坂本美知子 (さかもと みちこ) |
| 年齢 | 非公表 |
| 出身地 | 非公表 |
| 所属 | SEA WAVE FMいわき (株式会社いわき市民コミュニティ放送) |
| 職業 | アナウンサー |
| 活動開始 | 1996年 (FMいわき開局当初から) |
年齢や出身地、旦那さん・お子さんについては、公式な情報が見つかりませんでした。
プライベートな部分はほとんど公の場に出ていない方という印象で、それだけ「放送で伝える」ことに向き合ってきた方なのかもしれないと、調べていて感じました。
FMいわき開局当初から活躍する”顔”のひとり
坂本美知子さんは、FMいわきが1996年9月に開局した当初からのアナウンサーです。
開局から30年近くにわたって福島県いわき市の情報を伝え続けてきたわけで、それだけでもすごいことだと思います。
FMいわきは、1995年の阪神淡路大震災をきっかけに、「いざというときに市民へ情報を届ける場所を」という思いを背景に設立されたコミュニティFM局です。
いわき市や地元企業58社が出資する第三セクターとして立ち上がり、福島県いわき市の防災インフラとしての役割を担う放送局として歩みをスタートさせました。
その初期メンバーとして坂本美知子さんがいたということは、局の設立の精神そのものを一番近くで体感してきたアナウンサーだということでもあるんですよね。
調べてみて、なんだか納得感がありました。
「いざその時に、我々は市民に何を伝えられるのか」。
そういう問いを胸に積み重ねてきた年月が、2011年の3.11で実際に問われることになったんですね。
- 坂本美知子さんは年齢・出身ともに非公表のFMいわきアナウンサー
- 1996年9月のFMいわき開局当初からのメンバーで、30年近く地域の情報を届け続けている
- FMいわきは阪神淡路大震災を機に設立された防災インフラ型のコミュニティFM局

開局当初からのメンバーって、すごいですよね。
ずっとその場所で声を届け続けてきたんだと思うと、改めてその重さを感じます。
坂本美知子さんがFMいわきのアナウンサーとして果たし続ける役割とは?
坂本美知子さんがFMいわきのアナウンサーとして担い続けてきた役割の大きさが、最も鮮明に見えてくるのが2011年3月11日のことです。
ここからは、東日本大震災での放送活動と、その前段にあった「備え」について詳しく見ていきます。

東日本大震災では”いわき市内に唯一残った放送局”のマイクを守り続けた
東日本大震災でFMいわきは、いわき市内に唯一残った放送局として、24時間体制で市民へ情報を届け続けました。
調べてみて最初に驚いたのが、この「唯一残った」という事実でした。
東京電力福島第一・第二原子力発電所の事故による影響で、福島県いわき市内にあった県域の放送局や新聞社の取材拠点は、次々と市外へ移らざるを得ない状況になったんです。
そのなかでFMいわきだけが、いわき市内にとどまりました。
スタッフたちは8時間ずつシフトを組み、事務所の床に布団を敷いて仮眠を取りながら、約2か月にわたって局に泊まり込んで放送を続けたといいます。
坂本美知子さんもアナウンサーとして、そのマイクの前に立ち続けたひとりです。
当時いわきに必要だった情報は、発信当初は安否確認、次第に給水所の場所、水道復旧のめど、生活再建の情報へと変化していきました。
刻一刻と変わるニーズに合わせながら、それを声で届け続けた。
言葉にするのは簡単ですが、実際にその場所にいた人たちにとっては、それがどれほどの覚悟だったか、想像するだけでも胸がいっぱいになります。
東日本大震災では福島県いわき市で400人以上の方が犠牲となりました。
FMいわきのスタッフたち自身も、被災者でありながらマイクの前に立ち続けた。
そのことが、新プロジェクトX「命をつないだラジオ FMいわきの3.11」という題で描かれるわけです。
放送前から、すでに胸に迫るものがあります。
震災前から積み重ねてきた「伝える備え」とは?
実は坂本美知子さんたちFMいわきのスタッフは、東日本大震災の前から「もしもの備え」を積み重ねていました。
東日本大震災が起きる前年の2010年、神戸で開催された阪神大震災の記憶を語り継ぐシンポジウムに、FMいわきのスタッフたちは参加していました。
坂本美知子さん自身も、そこで阪神大震災後に設立されたコミュニティFM局「FMわぃわぃ」を見学し、限られたエリアでの情報発信のあり方を学んでいたといいます。
「広域都市のいわきで大きな災害が起きたらどうすればよいのか、考えなければ」。
そう話し合っていた矢先に、東日本大震災が来てしまったんですよね。
その直前に積んでいた学びが、あの局面でまったく意味をなさないはずがない。
一方で、実際には想定をはるかに超えた現実が目の前にあって、それでも放送を続けた。
その「備え」と「覚悟」の両方が、FMいわきの行動を支えていたんだと分かって、なんだか一本の線がつながる感覚がありました。
さらに、今もその役割は続いています。
2022年の取材時点でも、坂本美知子さんは1日3回、市内各所のモニタリングポストで計測された空間放射線量を番組内で伝えているほか、水道水に含まれる放射性物質の検査結果も定期的に放送しているといいます。
3.11から年月が経っても、FMいわきのアナウンサーとしての使命は変わっていない。
それが伝わってきて、とても印象的でした。
- 東日本大震災でFMいわきは他メディアが避難するなかいわき市に唯一残り、2か月間24時間放送を継続した
- 坂本美知子さんは震災前年に神戸のシンポジウムへ参加し、情報発信の備えを積み重ねていた
- 現在も放射線量などの定期情報を届け続け、震災後の使命を継続している

備えていたとはいえ、あれほどの事態でも放送を続けたというのは、なかなかできることではないと思います。
【感想】新プロジェクトXの放送を振り返って
【まとめ】FMいわきアナウンサー・坂本美知子さんが新プロジェクトXに登場!人物像をおさらい
今回は、2026年3月14日放送の新プロジェクトXに登場するFMいわきのアナウンサー・坂本美知子さんについて調べてみました。
- 坂本美知子さんはFMいわき1996年開局当初からのアナウンサー
- 年齢・出身・家族などは非公表
- 出身高校や大学などの学歴情報も不明
- 東日本大震災では唯一いわき市に残った放送局として2か月間の24時間放送を支えた
- 震災前年から情報発信の備えを積んでおり、その学びが3.11での対応を支えた
- 現在も放射線量など震災後の情報発信を継続中・新プロジェクトXで知られざる物語が明かされる
FMいわきの視聴方法はこちらで紹介しています。


放送前に調べただけでもこれだけ伝わってくるものがあって、本編を見るのがますます楽しみになりました。
坂本さんをはじめFMいわきのみなさんの物語、ぜひ一緒に見届けましょう!
参考資料


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