みなさんこんにちは!
2025年11月22日放送の新プロジェクトXでは、沖縄県にある美ら海水族館が特集されます。
水族館の職員たちと、巨大水槽作りに挑んだ物語という事で放送が楽しみですね。
そんな美ら海水族館の巨大水槽はアクリルガラスを用いたモノで、当時「世界最大のアクリルパネル」としてギネス記録にも認定されていました。
今回の記事では、水槽建設に携わった建築家の”国場幸房(こくばゆきふさ)“さんにフォーカスを当てていきたいと思います。
いったいどんな人物なのか、出身高校や大学を調べてみたのですが、意外とまとまった情報が少なかったんです。
そこで今回は、国場幸房さんについてwiki風にまとめていきたいと思います。
この記事でわかること
- 国場幸房さんのプロフィール
- 出身高校や出身大学の情報
- 建築家としての経歴と代表作
それではみなさん一緒に確認していきましょう。
国場幸房(こくばゆきふさ)のwiki風プロフィール
まずは、国場幸房さんのプロフィールをwiki風にまとめていきます。
国場幸房(こくばゆきふさ)さんは、沖縄を代表する建築家として知られる方です。
特に美ら海水族館の設計に携わったことで注目を集めました。
| 名前(読み方) | 國場幸房(こくば ゆきふさ) |
| 生年月日 | 1939年 |
| 出身地 | 沖縄県那覇市 |
| 職業 | 建築家 |
| 所属 | 株式会社国建 (取締役会長、名誉会長) |
国場幸房さんは、1939年に沖縄県那覇市で生まれました。
建築家としてのキャリアは非常に長く、沖縄の建築界を牽引してきた人物として高く評価されています。
国場幸房さんの建築に対する考え方は、「光と風の建築」という言葉で表現されていました。
「建物の形はその空間から生まれてくるもの。風土に合ったものをつくりたい」
と語っており、沖縄の気候や文化を大切にした設計を心がけていたことが分かります。
そうした幼少期の体験も、建築家としての原点になっているのかもしれませんね。
私も国場幸房さんについて調べていく中で、建築に対する姿勢に感銘を受けました。
「満足しちゃダメだ。満足した時点で思考が止まる」
という言葉を言っていたそうで、常に向上心を持ち続けていた方なんだと感じました。
照れ屋で口下手だったという証言もあり、その一方でユーモアがあって後輩や部下にも分け隔てなく接する優しい人柄だったとも言われています。
こうした人間性も含めて、多くの人に愛された建築家だったのでしょうね。
参考サイト
ポイントまとめ
- 国場幸房さんは1939年沖縄県那覇市生まれの建築家
- 「光と風の建築」を理念とし、沖縄の風土に合った設計を大切にした
- 常に向上心を持ち続け、人柄も温かく多くの人に愛された人物
国場幸房の出身高校や大学は?
続いて、国場幸房さんの学歴について見ていきましょう。
出身高校や出身大学はどこなのか、調べてみました。
国場幸房の出身高校はどこ?
まず結論ですが、国場幸房さんの出身高校については公表されていませんでした。
国場幸房さんは沖縄県那覇市出身ということから、県内の高校に通っていた可能性が考えられます。
一方で、大学進学では上京していることから、首都圏の高校という事も考えられますね。
いずれにしても、建築家という職業ですから、進学校を卒業していた可能性が高そうです。
当時の沖縄では、復興途上にあった時期であり、教育環境も現在とは大きく異なっていました。
国場幸房さんは1939年生まれですから、高校に通っていたのは1950年代半ばから後半にかけての時期になります。
この時期の沖縄はまだアメリカ統治下にあり、本土とは異なる教育制度のもとで学んでいたことになります。
国場幸房の出身大学はどこ?
国場幸房さんの出身大学は、早稲田大学です。
早稲田大学では第一理工学部建築学科で学んでおられたことが紹介されています。
早稲田大学建築学科と言えば、日本の建築界を代表する人物を数多く輩出した名門として知られています。
早稲田大学の建築学部出身の建築家と言えば、以下のような方々がいます。
- 内藤廣さん
- 石山修武さん
そして意外なことに、シンガーソングライターの小田和正さんも早稲田大学の大学院で建築を学んでいたそうです。
音楽の世界で大きな成功を収めた方が、実は建築を学んでいたというのは興味深いですよね。
国場幸房さんが早稲田大学で学んだ1960年代初頭は、日本の建築界が大きく変わろうとしていた時期でもありました。
復興から高度経済成長へと移り変わる中で、新しい建築の考え方が次々と生まれていた時代です。
そうした環境の中で学んだ経験が、後の国場幸房さんの建築家としてのキャリアに大きな影響を与えたのでしょうね。
私も国場幸房さんの学歴を調べる中で、早稲田大学という名門で学んだ事実に納得しました。
特に建築学科という専門性の高い分野で学び、その後沖縄に戻って地域に根ざした建築を手がけたという流れが素晴らしいと感じました。
地元を離れて学んだからこそ、逆に沖縄の良さや特徴を客観的に見つめ直すことができたのかもしれません。
「風土に合ったものをつくりたい」という国場幸房さんの言葉の背景には、こうした学歴や経験があったのだと思います。
参考サイト
ポイントまとめ
- 国場幸房さんの出身高校は公表されていない
- 出身大学は早稲田大学第一理工学部建築学科
- 早稲田大学建築学科は日本の建築界を代表する人物を多数輩出している名門
建築家・国場幸房の経歴と代表作【美ら海水族館ほか】
ここからは、国場幸房さんの建築家としての経歴と代表作について見ていきましょう。
国場幸房さんは、早稲田大学を卒業後、建築家の大高正人氏に師事しました。
大高正人氏は、日本を代表する建築家である前川國男氏の弟子で、メタボリズムというムーブメントのメンバーとしても知られる人物です。
1963年に大高建築設計事務所に入所し、1967年には株式会社国建に入社されました。
その後、国場幸房さんは国建の取締役会長、名誉会長を務め、沖縄を代表する建築家として数々の作品を手がけることになります。
国場幸房さんの代表作をいくつかご紹介していきます。
最も有名なのが、2002年に完成した沖縄美ら海水族館です。
この美ら海水族館の大水槽は、幅22.5m×高さ8.2m×厚さ60cmという世界最大級のアクリルパネルを使用しています。
当初の計画では大水槽に4本の補柱を建てる予定だったそうですが、国場幸房さんは「一枚の大型パネルで沖縄の海を表現したい」と主張されました。
その実現のために、鹿児島県の水族館で補柱なし大型パネルを手がけた日プラを訪問し、可能性を確認したというエピソードがあります。
この美ら海水族館は、2006年に公共建築賞特別賞を受賞しています。
その他の代表作としては、以下のような建築があります。
- ホテルムーンビーチ(1975年)
JIA25年賞受賞(2002年) - 沖縄県公文書館(1995年)
日事連建設大臣賞(1995年)、BCS賞(1996年) - パレットくもじ(1991年)
AIJ霞が関ビル記念賞(1992年) - 那覇市役所新庁舎(2012年)
国場幸房さん最後のコンペ作品 - 国場ビル(1970年)
- 那覇市民体育館(1986年)
- 宮古空港新ターミナル(1997年)
ホテルムーンビーチは、国場幸房さんが学生時代に八重山で見たガジュマルの木陰からインスピレーションを得て設計されたそうです。
「ガジュマルの木陰を建築で表現する」という発想は、沖縄の風土を深く理解した国場幸房さんならではのものですね。
また、沖縄県公文書館では、沖縄の伝統建築である高倉をモチーフにした設計が特徴的です。
国場幸房さんは、建築家としての活動だけでなく、JIA(日本建築家協会)沖縄支部長(2003年5月〜2007年5月)も務められました。
さらに、沖縄県内初のJIA名誉会員にも選ばれています。
こうした数々の受賞歴や役職を見ても、国場幸房さんが沖縄の建築界でいかに重要な存在だったかが分かります。
私も国場幸房さんの経歴を調べる中で、その作品の多さと質の高さに驚きました。
特に印象的だったのは、どの作品も「沖縄らしさ」を大切にしながら、同時に機能性や美しさも追求しているという点です。
美ら海水族館の大水槽にしても、ただ大きくするだけでなく、「一枚のパネルで海を表現したい」という美的なこだわりがあったことが素晴らしいと思います。
また、自身で積算(工事費の見積り)を手掛けるなどコスト意識も高かったそうで、芸術性と実用性を両立させる姿勢が建築家として非常に優れていたのだと感じました。
そして今でも、国場幸房さんの作品は沖縄の人々に愛され続けています。
経歴を振り返ると、常に「沖縄のために何ができるか」を考え続けた建築家だったことが伝わってきますね。
ポイントまとめ
- 国場幸房さんは1963年に大高正人氏の事務所に入所、1967年に株式会社国建に入社
- 代表作は美ら海水族館、ホテルムーンビーチ、沖縄県公文書館など多数
- 数々の建築賞を受賞し、沖縄の建築界を牽引した建築家
国場幸房の出身大学と経歴まとめ
この記事では、建築家の国場幸房さんについて紹介してきました。
最後に内容を簡単にまとめていきましょう。
この記事で分かったこと
- 国場幸房さんは1939年沖縄県那覇市生まれの建築家
- 出身高校は公表されていないが、出身大学は早稲田大学第一理工学部建築学科
- 1963年に大高正人氏の事務所に入所し、1967年に株式会社国建に入社
- 代表作は美ら海水族館、ホテルムーンビーチ、沖縄県公文書館など多数
- 「光と風の建築」を理念とし、沖縄の風土に合った設計を大切にした
国場幸房さんは、沖縄を代表する建築家として数々の作品を残されました。
特に美ら海水族館の巨大水槽は、世界最大級のアクリルパネルを使用した画期的な設計で、多くの人々に感動を与え続けています。
早稲田大学で建築を学び、本土で経験を積んだ後に沖縄に戻り、地域に根ざした建築を手がけた姿勢は素晴らしいですね。
「風土に合ったものをつくりたい」という言葉通り、沖縄らしさを大切にしながらも機能性や美しさを追求した作品の数々は、今も多くの人々に愛され続けています。
2025年11月22日放送の新プロジェクトXでは、美ら海水族館の巨大水槽作りに挑んだ物語が紹介されます。
番組を通じて、国場幸房さんの建築に対する情熱や、沖縄への愛情がより多くの人に伝わるといいですね。
最後までお読みいただきありがとうございました!



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