みなさんこんにちは!
2026年6月2日放送の「プラチナファミリー」に、椎名市衛(しいなかずえ)さんが登場しましたね。
「北辰一刀流の宗家って、どんな方なんだろう?」と気になった方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、椎名市衛さんとは何者なのか、プラチナファミリーに登場した椎名市衛さんの経歴や自宅・道場の場所についてまとめてみました。
▼この記事でわかること
- プラチナファミリーに登場の椎名市衛さんとは何者なのか

それではみなさん一緒に確認していきましょう♪
北辰一刀流第七代宗家・椎名市衛(しいなかずえ)とは何者?プラチナファミリーに登場
椎名市衛さんは茨城県在住の北辰一刀流第七代宗家で、武道家・剣術家として世界各地で活躍している人物です。
ここからは、椎名市衛さんがどんな何者なのか、もう少し具体的に見ていきましょう。
元数学教師から宗家へ!椎名市衛さんの経歴
椎名市衛さんは、1953年5月17日生まれ、現在73歳。
茨城県龍ケ崎市のご出身です。
調べてみて最初に驚いたのが、ご本人が「同級生の中で一番剣術が下手だった」とおっしゃっていること。
そんな椎名市衛さんを奮い立たせたのが、恩師の「大器晩成という言葉がある」という一言だったそうです。
その後、大学を卒業してから本格的に剣道修業の道へ。
31歳からは公立中学校で数学教員を務め、52歳で教壇を退かれました。
てっきり若いころから武道一本の人生を歩んできた方かと思っていたら、実は長年教育の現場に立っていたんですね。
退職した年に、剣道場床工事の専門工房「武床工舎(ぶしょうこうしゃ)」を設立。
武道場の床の専門家として、日本国内はもちろん海外でも道場建設に携わってきました。
そして2013年6月、北辰一刀流第七代宗家を正式に継承。
武号として「成胤(なりたね)」を名乗るようになりました。
北辰一刀流というのは、幕末の天才剣士・千葉周作が創始した剣術の流派で、「当時は日本一の剣術」とも言われていたほどの名門流派です。
その第七代宗家ということで、どれだけ重みのある立場かが伝わってきますよね。
現在は直心影流剣術師範・日本伝統文化保存会会長も兼任しながら、世界各地で剣術の指導を続けています。
さらに鷹匠・猛禽類ブリーダーという一面も持つなど、その活動の幅の広さに正直びっくりしました。
奥様のお名前は椎名まさえさん。
プラチナファミリーでは、そんなご夫婦の暮らしぶりも紹介されました。
- 椎名市衛さんは北辰一刀流第七代宗家
- 年齢は73歳
- 茨城県龍ケ崎市出身
- 元公立中学の数学教員で、52歳退職後に武床工舎を設立・2013年に宗家継承

「剣道が一番下手だった」というところから宗家まで上り詰めた歩み、大器晩成という言葉がまさにぴったりですよね。なんだか勇気をもらえるエピソードだなと思いました。
北辰一刀流宗家・椎名市衛さんの自宅や道場の場所はどこ?
椎名市衛さんの自宅および総本部道場は、茨城県竜ヶ崎市にあります。
ここからは、道場の場所と、気になる自宅についてもう少し詳しく見ていきましょう。
総本部道場「尊星閣」は茨城県竜ヶ崎市にある
椎名市衛さんの総本部道場「尊星閣(そんせいかく)」は、茨城県竜ヶ崎市城ノ内5-13-7にあります。
この道場は「サロンド武家屋敷」とも呼ばれており、椎名市衛さんの宗家宅に設けられた道場です。
自宅と道場が同じ敷地にあるということなんだそうです。
- 総本部道場「尊星閣」の場所は茨城県竜ヶ崎市城ノ内5-13-7
- 自宅と道場は同じ敷地にあり、本格的な日本建築の武家屋敷スタイル

自宅に本格的な武家屋敷スタイルの道場があるなんて、プラチナファミリーにぴったりな一家ですよね!
【まとめ】北辰一刀流第七代宗家椎名市衛(しいなかずえ)氏とは?プラチナファミリー登場の何者かをおさらい
今回は、プラチナファミリーに登場した北辰一刀流第七代宗家・椎名市衛(しいなかずえ)さんについてまとめてみました。
- 椎名市衛さんは北辰一刀流第七代宗家で、茨城県龍ケ崎市出身の武道家
- 元公立中学の数学教員から52歳で退職し、武床工舎設立・2013年に宗家継承
- 自宅と同じ敷地にある総本部道場「尊星閣」は茨城県竜ヶ崎市にある

最後までご覧いただき、ありがとうございました。
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