みなさんこんにちは!
2026年4月17日にスタートの日本テレビ系の新考察バラエティ『金曜ミステリークラブ!!!』。
二宮和也さんと千鳥・ノブさんが初タッグを組んだ話題の番組ですが、初回2時間スペシャルで成宮寛貴さんが演じる「日本人取材記者」に、注目が集まっているようですね。
舞台になったのは、2002年に世界を揺るがした「ハンミちゃん事件」こと瀋陽総領事館駆け込み事件。
「そもそも平井久志さんってどんな人なんだろう?」と気になった方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、平井久志氏のwiki風プロフィールや経歴、そしてハンミちゃん事件との関わり、さらに受賞した賞についてまとめてみました。
▼この記事でわかること
- 平井久志氏の出身や学歴
香川県出身の早大卒ジャーナリスト - 共同通信でのキャリア
ソウル支局長・北京特派員を歴任した朝鮮半島の専門家 - ハンミちゃん事件との関わりと、受賞した2つの権威ある賞の中身

それではみなさん一緒に確認していきましょう!
平井久志(ひらいひさし)氏のwiki風プロフィールと経歴まとめ
まず結論ですが、平井久志氏のプロフィールを大まかに整理すると、以下の通りです。
- 1952年、香川県生まれ
- 早稲田大学法学部卒業後、共同通信社に入社
- ソウル支局長・北京特派員などを歴任した朝鮮半島の専門ジャーナリスト
- 2002年、新聞協会賞・ボーン上田賞をダブル受賞
- 2012年に定年退社後、共同通信客員論説委員として活動
| 名前 | 平井久志 (ひらいひさし) |
| 生年 | 1952年 |
| 出身 | 香川県 |
| 学歴 | 早稲田大学法学部卒業 |
| 職業 | ジャーナリスト |
| 所属歴 | 共同通信社 (定年退社後:共同通信客員論説委員) |
| 受賞歴 | 新聞協会賞(2002年) ボーン上田賞(2002年) |
このあと、それぞれについてもう少し詳しく見ていきましょう。
平井久志氏の出身・学歴〜香川県出身、早稲田大学法学部卒
平井久志氏は、1952年に香川県でお生まれになりました。
その後、早稲田大学法学部へ進学し、1975年に卒業されています。
平井さんはそこから記者の道へ進まれて、後に北朝鮮取材の第一人者と評されるほどになっていくわけですね。
ちなみに、年齢については公式な発表が確認できなかったのですが、1952年生まれということから、2026年現在で73〜74歳になられる計算です。
- 香川県出身・1952年生まれ。
- 早稲田大学法学部を1975年に卒業
- 法学部卒という経歴を持ちながら、ジャーナリストの道へ進んだ異色のキャリア
金曜ミステリークラブの再現ドラマに出演していたキャストについてはこちらの記事でまとめています。

平井久志氏の経歴〜共同通信でソウル支局長・北京特派員を歴任
平井久志氏は、大学卒業と同時に共同通信社に入社し、長年にわたって朝鮮半島・中国を中心とした国際報道の最前線に立ち続けました。
入社後は外信部を経て、ソウル支局長、北京特派員、そして編集委員兼論説委員という形でキャリアを積まれています。
平井さんの場合、ソウルと北京、どちらも長く身を置きながら取材を続けてきたており、日韓・日中・南北朝鮮という複雑な関係が絡み合う地域を、両側からじっくり見てきた方なんですよね。
それがあのハンミちゃん事件の現場での判断力にもつながっていくわけですよね。
2012年3月に定年退社後は、共同通信客員論説委員として引き続き活動されており、複数のメディアや媒体で朝鮮半島情勢について発信を続けています。
また、著書も多く、『ソウル打令』『コリア打令』『なぜ北朝鮮は孤立するのか』『北朝鮮の指導体制と後継』など、朝鮮半島をテーマにした作品を数多く世に出されています。
【筑摩書房 近刊情報2/16発売】平井久志『金正恩の革命思想 ―北朝鮮における指導理念の変遷』(筑摩選書)
北朝鮮は「思想の国家」。主体思想、先軍思想に次ぐ金正恩の革命思想とは何か。2011年以来の金正恩時代における、指導理念の変遷を通史的に考察。北朝鮮ウォッチャーの第一人者による最新研究。 pic.twitter.com/VUxwsf9Thb— 筑摩書房 (@chikumashobo) February 9, 2024
- 共同通信にてソウル支局長・北京特派員などを歴任した朝鮮半島の専門記者
- 2012年定年退社後も、客員論説委員として朝鮮半島情勢の発信を継続

ソウルと北京の両方を長く取材されてきた方なんですね。
その積み重ねがあるからこそ、あの場面に立ち会えたんだなと改めて思います。
平井久志氏はハンミちゃん事件の取材記者
まず結論ですが、平井久志氏はハンミちゃん事件(瀋陽総領事館駆け込み事件)の報道で、新聞協会賞とボーン上田賞をともに受賞した人物です。
ここからは、その事件の概要と、番組との関わりについてもう少し詳しく見ていきましょう。
ハンミちゃん事件とは、2002年5月8日に中国・遼寧省瀋陽にある日本総領事館で起きた出来事です。
北朝鮮を脱出したキム・グァンチョル一家ら男女5人が、日本総領事館に駆け込もうとしたところ、中国の警察によって総領事館の敷地内にまで踏み込まれて連行されてしまいました。
このとき一家の中にいたのが、当時2〜3歳の幼い女の子・ハンミちゃんでした。
その名前から「ハンミちゃん事件」と呼ばれるようになったんですね。
一家は最終的に韓国への逃れることが認められましたが、それが実現した背景には、現場に居合わせた日本人記者が撮影したビデオ映像が大きく影響しました。
その映像が世界中に拡散し、国際社会の注目を集めたことで、中国側への圧力が高まったわけです。
そして、その「日本人記者」こそが平井久志氏なんですよね。
2026年4月17日にスタートした日本テレビ系『金曜ミステリークラブ!!!』の初回では、この事件が取り上げらますね。
成宮寛貴さんが「取材記者」役を演じ、地上波約10年ぶりの演技として大きな反響を呼んでいます。
今回、成宮寛貴さんが演じた取材記者のモデルは平井久志氏がモデルになっているのではないかと考えられます。
みなさんも、番組を見ながらそのあたりも一緒に考察してみてください。
ハンミちゃんの現在やその後については、こちらの記事で詳しく紹介しています!

平井久志氏が受賞した新聞協会賞・ボーン上田賞とは?
平井久志氏は、2002年にハンミちゃん事件を含む瀋陽事件の報道で新聞協会賞を、朝鮮問題全体の報道でボーン上田賞を、同年にダブル受賞しました。
どちらも、ジャーナリズムの世界ではとても名誉ある賞です。せっかくなので、それぞれどんな賞なのかも簡単に見ておきましょう。
まず新聞協会賞について。
これは日本新聞協会が主催する賞で、1957年に創設されました。
新聞・通信・放送の各メディアを横断して、優れたニュース報道や写真・映像・企画などを毎年表彰しています。
毎年10月の「新聞週間」に合わせて行われる「新聞大会」で贈られるもので、加盟媒体の信用と権威を高めるような報道が対象となっています。
記者として毎日取材を続けながら、この賞に手が届くというのは、なかなかできることではないと思います。
次にボーン上田賞(ボーン・上田記念国際記者賞)。
こちらは1950年創設の、国際報道に特化したジャーナリズムの賞です。
「日本版ピュリツァー賞」とも呼ばれることがあります。
優れた国際報道を通じて国際理解の促進に貢献した記者個人を対象に、毎年1回贈られます。
- 新聞協会賞は1957年創設
日本新聞協会主催の権威ある報道の賞 - ボーン上田賞は1950年創設
国際報道への貢献を称える「日本版ピュリツァー賞」 - 平井久志氏は2002年にこの2賞を同年受賞という快挙を達成

2つの賞を同じ年に受賞されているんですね。
それだけ現場での仕事の重さがあったということで、改めてすごい方だなと思いました。
【まとめ】平井久志のwiki風経歴まとめ〜ハンミちゃん事件の取材記者との関係をおさらい
今回は、平井久志(ひらいひさし)氏のwiki風プロフィールと経歴、そしてハンミちゃん事件との関わりについてまとめてみました。
- 平井久志氏は1952年、香川県出身。
- 早稲田大学法学部を経て共同通信社へ入社
- ソウル支局長・北京特派員など歴任した朝鮮半島の専門ジャーナリスト
- ハンミちゃん事件の現場に居合わせた取材記者として広く知られ、同年に新聞協会賞・ボーン上田賞をダブル受賞
- 金曜ミステリークラブ!!!で成宮寛貴さんが演じた記者は、平井久志氏がモデルと見られている
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平井久志さんの存在を知って、報道というものの持つ力を改めて感じました。
参考資料


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